Studio03 Memo

The idea comes suddenly.
4月1日(木)29日目「始まりと終わりが集う街」
 最初は途方にもなく、長く感じてたインドの旅。

そう、始まりは 今いるここ、デリーだった。

何故、始発と終着が同じだと最初は 微塵も感じなかったのだろう。

謎である。

あと4週間。3週間。2 週間。1週間。7日。6日。5日。4日。3日。2日。

今思えば、常に 日本に帰りたいと考えていた気がする。

僕たちはインドを1周してきた。そして、ようやく。

デリーに戻ってきたのである。

1番最初にインドに着いた日の日記をさっき読んだ。

本当に不安だったのだと思う。あの日は絶対に夜中の街なんて歩けないと言っていた。

今日もう一度デリーを歩いてみた。この道がニューデリーの駅に続いていたのか。

ここでシヴァに騙されたのか。

あんなに恐ろしく思えていた夜の街でも、今では平気で道端でタバコが吸える。

到底、1ヶ月前の自分達は想像もできないのだろう。

初めて宿泊したホテルに行ってみた。なんてことはない道。

なんてことはない人。なんてことはない、この気持ち。

それらは僕たちの成長の証でもある。

しかし、ある意味もうインドには感動しなくなっていた。それが寂しく感じる。

インドのシャワーにあんなに動揺していたのに、

今は牛飼いが牛を蹴ることにですら、心は動かない。

インドに飽きてしまったのだろうか。自分の感受性の鈍感さに絶望である。

明日、最後の旅が行われる。

始めて来た日の目では決して見る事のできないインドを観てみたい。

始まりと終わりが同じとは。

やはり、僕たちはインドに呼ばれてきたのだ。絶対に。

To Be Continued...(2003年インド日記より)
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3月31日(水)28日目「本のないハンモック」
 本のない、ハンモック。暇がもてあそばれる。




枝のない、木登り。やってることが楽しめない。




車輪のない、リキシャー。仕事ができない。




ルーのない、ターリー。ただの米。裸になったインド。




バクシーシのできない、物乞い。恥ずかしがりやな私。




華のない、サクラ。また来年会いましょう。




チャーイ、チャーイ、コーヒ。やりたい事が分からない。だから私は共にやる。




メガネのない、バシコ。見える世界が違うのさ。




歩き方の知らない、旅人。自ら歩き方をつくる。




あてのない、旅。始まりはいつのまにか。




いつか帰る場所。私がわたしでなくなる場所。




いつもいる場所。それが私。




帰国まであと3日。

To Be Continued...(2003年インド日記より)
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3月30日(火)27日目「天国に一番近いフロ」
僕たちは今ヒマヤラ山脈を見ながら風呂に入ってる。

大自然を見ながらタバコを吸うのもさることながら、

風呂に入るのも悪くはない。あぁ裸って最高。気持ちがいい。

世界が包み込んでくれる。




以上。私の勝手な風呂に入る前までの想像でした。

まったく、露天風呂と聞いていたのに。

確かに屋根はない。空は見える。空しか見えない。むしろ高い壁がそびえ立ってる。

しかも下着はつけたまま。裸で入ると犯罪になる。

インドは公共風呂も下着で入らなければならない。

当然、混浴なんて夢の桃源郷。

これって沐浴じゃね。と思うくらい、狭い。

そしてこの風呂はめちゃくちゃに深い。溺れる。立ちションならぬ立ち風呂。

しかも超超超熱い。本当に熱い。入ってられない。

ゆっくり浸かるというより、アチ、早くでなきゃ。



まったくここに来るまでにいったいどんだけ歩いたんだよ。

使ったんだよ。お金も時間も。

しかし、なんだかんだ言っても風呂はよかったりする。

ほぼ一ヶ月ちかく風呂というものには入ってなかったから。

インドで入る風呂も最高だ。

まで迷いに迷って、ついに到着した露天風呂。

明日の帰りのバスに乗る事を考えると少し気が重いが、

今はゆっくりと浸かろうではないか。かなり熱いけど。



風呂に入りながらヒマヤラ山脈は見れなかったが、

ヒマヤラ山脈はこの目でしっかり見た。かなりうれしかった。

思えばこのインドに来て一ヶ月の間に夏と冬を両方経験した。ゴアでの夏。

裸でも熱かった。温水プール並みの海水温度。

今思えば随分むかしに感じる。

そして今、マナーリでの冬。何枚着ても寒い。

Tシャツ+Yシャツ+ジャンパーのフル装備。夜の冷え込みは半端ない。

本当に寒い。


お土産を買った。観光地ってどうして、よけいなもん買うのかうんだろう。






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3月29日(月)26日目「おやつは100Rsまで」
 今日は遠足の日です。

おやつを買って、バスに乗り東京から名古屋くらいの移動距離。

バスは悪路を突き進みます。

途中やたら、バスはドライブインに入ります。

しまいには、修理工場にもたちよります。

平気でバスが修理されます。

僕たちはただただ待つばかりです。

さすがにインド何がおこるか分かりません。

マナーリ(温泉がある場所)に近づくにしたがって寒くなります。

気温が下がります。

そして、モンゴロイドがあふれてきます。

インド人が日本人に近づいてきます。

養老猛司曰く、モンゴロイドの血が濃くなればなるほど、日本人に近づくらしいです。

さすが世界のパチンコの穴。全てを飲み込む許容力。日本は凄すです。



マナーリに着きました。

ここはチベットに近いからかなりの秘境かと思ってました。

っておい、かなりの観光地です。キャッチの多さにビックリです。

かなりウザイです。

プシュカル並みに外人おおすぎ。外人わんさか。

そりゃーガバメント臭い店もわんさか。

ひさしびりのこの感覚。都会ですよここ。


ある大衆食堂に入りました。値段の高さにビックリです。

観光地価格です。隣でインド人家族が飯食ってました。

僕たちがたかーい。たかーい。とわめいていると。鼻で笑ってきました。

まあ、 おまえらより金持ってるけどね。


こんなところに来るインド人は本当に金がないと来れません。

すなわちここにいるインド人みな金持ちです。

庶民ではありません。庶民は絶対にこれません。

インドの下階層の人となると、生まれた地域すらでることができないはずです。

その地域っていうのも神奈川県とかのレベルではなく、

相模原もしくは橋本のレベルで。

他の世界が見れるなんて、なんて贅沢なことなのだろうか。

本当にありがとう。

続く。

3月28日(日)25日目「哲学2」
 まあ、今日はさしてやる事もなくジェイプルの街ではとりあえず、

天文台と風の宮殿は見たわけで、列車での移動日となっていた。

そんなこんなでヒマである。哲学である。

昔のギリシア人達が何故あんなに哲学をしたかというとそれは、

奴隷が生活で必要な事はやってくれていた。

だからさしてやることもなく。おしゃべりばっかしてた。考えたりしてた。

つまり暇だった。

今の時代で言う「井戸端会議」かもしれない。

偉人達が残した偉名言のほかにもたくさんのどうしようもない、

とりとめのない話もしただろうが、

後世に残す必要もないので歴史の渦の中に消えていったのだろう。

で、今考えている事は「日本の白」について。

日本のトイレットペーパーは白い。

外国のトイレットペーパーは茶色だったりする。(インドだけか?)品質は変わらないのに、

日本のトイレットペーパーは外国のよりもう一段階漂白する。

何故あんなに日本人は白にこだわるのだろう。

穢れという考えがある。日本人特有の観念だ。安い茶色より高い白。

漂白するコストがかかるのに白が売れるのが現状らしい。

そういえば、神主も白装束。花嫁も白むく。

日本人は外人より白を神聖視する傾向は高い気がする。

白を意識する→清潔感→潔癖感。と考えたら、

外国人との隔たりがある理由もわかる。外国という考えが潔癖を引き起こす。

日本は本当に綺麗な国だと思う。

清潔さ故の潔癖も日本人独特の文化なのかもしれない。

そんなことをトイレで考えてた。

To Be Continued...(2003年インド日記より)

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3月28日(日)25日目「哲学2」
 まあ、今日はさしてやる事もなくジェイプルの街ではとりあえず、

天文台と風の宮殿は見たわけで、列車での移動日となっていた。

そんなこんなでヒマである。哲学である。

昔のギリシア人達が何故あんなに哲学をしたかというとそれは、

奴隷が生活で必要な事はやってくれていた。

だからさしてやることもなく。おしゃべりばっかしてた。考えたりしてた。

つまり暇だった。

今の時代で言う「井戸端会議」かもしれない。

偉人達が残した偉名言のほかにもたくさんのどうしようもない、

とりとめのない話もしただろうが、

後世に残す必要もないので歴史の渦の中に消えていったのだろう。

で、今考えている事は「日本の白」について。

日本のトイレットペーパーは白い。

外国のトイレットペーパーは茶色だったりする。(インドだけか?)品質は変わらないのに、

日本のトイレットペーパーは外国のよりもう一段階漂白する。

何故あんなに日本人は白にこだわるのだろう。

穢れという考えがある。日本人特有の観念だ。安い茶色より高い白。

漂白するコストがかかるのに白が売れるのが現状らしい。

そういえば、神主も白装束。花嫁も白むく。

日本人は外人より白を神聖視する傾向は高い気がする。

白を意識する→清潔感→潔癖感。と考えたら、

外国人との隔たりがある理由もわかる。外国という考えが潔癖を引き起こす。

日本は本当に綺麗な国だと思う。

清潔さ故の潔癖も日本人独特の文化なのかもしれない。

そんなことをトイレで考えてた。

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3月27日(土)24日目「ゲリ星人R」
朝から最悪のコンディション。

昨日の夕食を食い過ぎた。胃がも たれた。

どうやら悪質な水を売りつけられたらしく、体調がもの すごくダルい。

昨晩、星空のテラスでバシコと色んな事を話し た。

その反動かは知らないが、今日は話をするのもダルいと感じるくらいの体調。

夏バテに頭痛。何をするにもめんどくさい。本当にツラい。

温泉 に行くための今日は移動日だったが、本当に動きたくなかった。

一日中寝ていたかった。

それでも体に鞭打って動かなければなら ない。

無理矢理突き進む。眠い。眠い。ダルい。メンドイ。キツい。

横になりたい。

あぁーこれ絶対に、バシコにウザがられてい るよ。

めんどくさがられてるよ。もうすぐキレるんじゃないかと 肌でビシビシ感じていた。

そのくらい僕は無気力人間オーラを出していた。



本当にすまないと思いつつも、体調が悪いというのを全面に押し出す。

バス移動がメインだったが、車内で自らしゃべる事はなかった。

とにかくひたすら寝た。それでもタルい。後から聞いた話になったが、

このバス走行は危険きまわりなかったらしい。

運転が大荒れだったのだ。



ジェイプルに着いた。ジェイプルは観光地である。

俺が行きたいって言っていた場所でもあった。

しかし、この時点で下痢が舞い戻ってきた。

また陣痛がはじまる。

そんなこんなだから、ジェイプルぶっちゃけどうでも良くて本当に宿で寝ていたかった。

列車のチケットを取るために外国人専用予約センターへ。ん。



は・ら・が・イ・タ・イ。



急いでトイレに行かなければ。

室内にはトイレがない。

外だ。

急げ。

でも早歩き。

もれる。

トイレ。

あった。

ドアを開ける。昼間なのに暗い。何で。ブーン。

大量のハエと蚊がうごめいている。かなり戸惑った。

でも行くしかない。

僕は暗闇の中でおびえながら用を足してきた。

漏らすよりはましだろ。

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3月26日(金)23日目「そうだ、温泉に行こう。」
僕たちは旅の目的を見失っていた。
日記を読めばそれはすぐわかる。
この2日間、自由が暇となり、苦痛とかしていた。
今までは旅の目的があった。
バナラスでの沐浴。
タンジャバールでのブリハリー。
ゴアでのビーチ。
アーメダバードでの回転井戸。
それからやる事が無くなっていた。

散々日記で旅とは自己への内面だなんとか言っていた。
環境を変えたい。
環境が変われば外面も変わり内面も変わる。
移動したい。
ギャップは激しければ激しい方がいい。

バシコが突然温泉に入りたいと言ってきた。
しかも露天フロ。
どうやらそこはデリーよりさらに北上した位置。
チベット国境の近くまで行く。
チョモランマも見れるらしい。
テンションが上がった。

旅の意味と言ったら大げさかもしれない。
だが目的地はできた。
さらに言えば目的も。
旅をする事の積極性を取り戻した。

ついさっきまで、あと3日早く帰国できればいいのにと悲観的に考えてた。
それが突然。目の色が変わった。輝きを取り戻した。
本当に最近は帰国までの帳尻合わせをしていた。
最悪だった。

よく考えれば、このインドの旅は随分、俺のワガママにバシコをつき合わせてしまった。
それを我慢してたのか、つき合ってくれたのかは定かではない。
そんな謙虚なバシコが初めて目的地(ワガママ)を指し示してきた。
最初で最後のワガママ。僕はそれに乗る気である。
それが礼儀でもあり、恩返しでもある。

別に温泉に行きたくないわけではない。
むしろ行きたい。けしてイヤイヤではない。
時間的にはギリギリだが、だからこそ、面白い。
私はまだ日本には帰りたくありません。
人生は予定通りに行かない方が面白い。

そう。旅はもう佳境に入ったのである。
続く。

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3月25日(木)22日目「哲学」
 朝から電車だったから、、、。ずっといろんな事を考えてました。


「生活改造計画〜日常の見直し」


個室での1人タバコとは。
自己の内面との対話による整理整頓。及び、計画である。


漫画とは。
クリエイターとして、一般大衆との接点である。(読んでいるひとに限る)


本の執着とは。
無知から遠ざかる事である。それをいかにして未知につなげるかが難しい。
知識が増えるのは必ずしもいい事とは限らない。
世界の平均から遠ざかるという事はでもある。
つまり、大衆が求めてる事が分からなくなる恐れがある。


旅をするとは。外面の観察と内面の発見である。


記憶とはビジョンであり、言葉とはその改竄である。


ちなみに、マトンスープは最高の味でした。


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3月24日(水)21日目「除霊式」
 燃え盛る炎。除霊式。
それは僕らに取り付いているであろう負の遺産の怨念を払う事。
ジュンペーの「本当に本当に困った時に開けろ袋」の中身は確かに役に立った。
僕たちにリコンファームの決定をさせてくれた。


その意味はあった。
しかし、それ以降、負の遺産として残っていた。
除霊式開始。


まず、シヴァとガネーシャの像(騙されてかわされた像)を置き、お香を炊いた。


「オーンカヤカヤノーン オーンカヤカヤノーン。」
(日本で言う波阿弥陀仏)


某有名女性Tのセクシー写真に火を付けた。
気持ち悪いくらいに顔が溶けていく。非常に気持ち悪い。
数秒で潔くモエテクレタ。
これで、僕たちの除霊式は幕を閉じた。


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3月23日(火)20日目「マクドナルド」
 父「よーし。今日はボーナスが入ったから、マクドナルドに行くぞ。」

子「わーい。今夜はごちそうだ。」

父「ちゃんとした服装で行くんだぞ。」



こんな会話はまず、日本ではありえないだろう。
しかし、インドではありえてしまうのだ。
インドのマクドナルドは、店員は正社員のおじさん。
ドアには警備員付き。会話のざわめきがない主室な雰囲気。
日本とはどこか違う。


それもそのはず。値段は日本とさほど変わらない。
つまり、凄く高いということ。
日本ではマックといえば、サラリーマンが金を使わず昼食を食べたり、
若者が部活の帰りによったりする場所。つまり、庶民が利用する場所である。


しかし、インドでは高級料理店扱い。まさに価値観の逆転である。
インドでは基本的に太っている奴は金持ちである。
当然マックもそんな人達ばかり。
そして、ワガママでマナーを知らないインドのガキがいる。


バナラスでのNo,1物乞いの女の子を思い出した。
もし、あの子がこんなガキにまで物乞いをしていたら…。
そういえば、インドでは人権というものはあるのだろうか。
もしかしたら、人権なんてエリートが作り出した管理しやすいシステムなのかもしれない。


資本主義。日本に生まれた次点で、世界レベルで見たら勝ち組な自分がいうのもなんだが、
金持ちにいる分には満足のいく恐ろしいシステムだ。
弱者からとことん搾取しまくるこのシステムは本当に恐ろしい。
でもそれが嫌いとは言いません。
自分は不幸な生活をおくってませんから。罪だな。


日本のマクドナルドではまず、考えもしない出来事。


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